当店では、高額なデータ復旧/救出/再生料金を取る、データ復旧専門業者さんに出す前の段階で、論理障害と物理障害の切り分け診断や、どちらの障害においてもデータ復旧作業を前提に可否判断をおこなっております。 FDD/CD/DVD/HDDなどの機器を製造している会社で、実際に生産や技術に携わってきた経験をもとに、それなりに調査いたしますので、無料診断はしておりません。 データ復旧可否判断には¥3,150−の診断料をいただきます。 また、当店でのデータ復旧が不可能だった場合、信頼できるデータ復旧専門業者さんを紹介することもありますが、その場合論理障害などではなく、重度の物理障害ですから、想像以上に高額である事と、その理由を説明しております。しかし、特定の紹介業者と業務提携などしておりませんので、紹介業者さんから御礼やバックマージンといった、報酬は一切いただいておりません。 当店でご紹介するデータ復旧業者さんは、通常業務提携他者の取次ぎ経由で紹介された場合、お客様からいただく料金の10%程度を、紹介料金として紹介業者に払っています。 修理人は、自分の手も頭も機材も時間も使わずに、報酬を得ることに疑問を感じるので、バックマージンをいただくくらいなら、お客様が直接値引いてデータ復旧してもらえたらいいのになぁ〜と考えておりますので、交渉してみて下さい。 検索結果を口八丁でお伝えする程度のことで、手数料をいただくほど、ご立派な仕事はしておりませんので、ご理解いただけると幸いです。 
ご自宅や、会社で眠っているパソコンや、壊れたまま放置されているパソコンを再生することが出来るとしたら!? 安く直して、隠された資財を掘り起こします。見積は、お客様の目の前で対面にて分解させていただき、修理か得か損か判断いたします。 手数料の不具合診断料金は¥3,150-ですが、修理料金の総額は、一台一台分解し、部品の良否判断をしながら、お見積いたします。ぜひ、ご予約下さいませ。 
パソコンの対面修理は、使い慣れたパソコンという道具を、使い慣れた環境で、積み重ねてきたデータを保持しながら、持続可能性を追求する試みです。 sustainabilityを使った言葉に、ロハスという言葉があります。 健康と自然環境を共に持続しながら暮らすライフスタイルであるロハスの考え方や姿勢は、パソコンの対面修理と通じています。 必ずしも新しいモノをどんどん消費する事が、豊かな幸せをもたらす事ではないということを、最近では「ガソリン」が教えてくれました。 無駄を取り除いた道具を、その限界まで使う事は、料理人さんの包丁、床屋さんのハサミと同様、必ず使う側と磨ぐ側双方の力を磨いてくれる道具であるとに間違いありません。 修理人も経験を積んで、修理の腕や判断力を、日々磨いていたいです。 
パソコンER(エマージェンシールーム)として稼働していますから、予約即日診断+即日修理基本です。
メーカーや販売店、大手企業などからのサポートを一切受けておりませんが、パソコン病院のER(救急室)として、一台一台を大切に診療させていただきます。
時間的、技術的、修理金額的に許される事ならば、全て即日解決しています。
パソコンにも絶対にインフォームド・コンセントが必要です。 わからないことや不明なことは、対面でなんでも聞いて下さい。
パソコンのこと全てを知っているわけではありませんから、わかる範囲で出来る限り、お答えしております。
パソコン版・ブラックジャックのように、ご希望があれば、多少無理な修理もいたします。
修理人に技術や知識はありません。 経験だけが唯一、パソコン修理の支えです。
メーカーさんの治療代金よりも、早く安く的確に急所を治すことが目的です。
また、メーカーには、技術があるのに対応のリスクを背負いたがらない、データのバックアップや、復旧作業もおこなっています。
<診療科目>
*分解外科/半田整形外科など *ソフト内科/ワクチンアップデート療法など *ウイルス駆除科/免疫力更新対策療法など *造機データ再生科/画像・メール・書類・映像・音楽など *造機移植手術科 *造機クローン再製科
治療料金の概算を以下にお知らせします。
<完全予約外来>持込要予約
不具合診料 ・・・・・・・・・・・・¥3,150−
上記に部品代やHDD代金は含まれていません。 なお、部品のお持込交換修理は大歓迎です!
音楽さんたちとは、ずいぶん長い付き合いです。 初めて習った楽器は「ヴァイオリン」6歳の時。 8年間、ほぼ泣きながら通いました。 中学時代は、お決まりの!?Guitarに夢中になり、高校生の時、初めて大人達のバンドのレコーディングに駆り出された時はBASS、ピアノが両手で弾けないのが面白くなくて、キーボード&エレピに手を出し、基本が大事!ということでリズムセクションのパーカッションもちょっとだけかじりました。 高校時代に、舞台音響屋さんや舞台照明屋さんでバイトをしていました。 願わくば、宅レコ機材を手に入れて、良いミキサーやMTRを作りたかったので、入った会社がティアックさん。 なぜか?配属先はパソコン周辺機器事業部・・・ 多くのプロミュージシャンの方々の、パソコン対面修理ご来店で、少しは音楽業界の役に立てているかも?  それまで趣味だった音楽は、完全にライフスタイルの中に取り込まれ、実生活と仕事の中に溶け込んでしまい、振り回されることはなくなりました。
To the people of the foreign country of the visit in Japan.  Please call me if you want to take out critical data after the personal computer breaks. You might be helped. I fix. TEL 042-635-1231Sanko-do-SKD NETWORK 331-2,Uchikoshi-town,Hachioji-city,Tkyo,Japan. A NEAR KEIO KITANO STATION SOUTH.  当店には、売り物ですが、岩波文庫が置いてありますので、修理時間待ちでも退屈はさせませんよ!
私は宗教家ではありません。 あらゆる宗教的概念に興味はありますが、それ自身は人が考え得る思想概念への興味と同じです。 今日まで生きてくる中で出会えた著書のなかで「セーレン・キェルケゴール」の「死に至る病」で触れることが出来た、人の精神の立ち位置については、学ぶことが多かったと振り返ることが多々あります。 人には善もあり悪もあると考えます。 両方あるのが人間のかたちだと考えています。 理性や倫理などという、格好のいい言葉だけで生きていけるほど、人間は単純ではないと理解しているつもりです。 絶望と云う概念を、生理的には理解出来ていない修理人ですが 「対面」修理人という職業を選んでいるのには、確かな理由があります。 そこには、他者が理解しえない「人」を出来る限り大切にしようとする努力があります。 もちろん夫婦も親子も他人ですから、分かり合えなくて当たり前です。 ほんの少しでも共通点や同意を得られた時の喜びを、初心を忘れないように、日々自分の甘えと闘う勇気を振り絞りながら・・・ 修理人はフルオープンで、他者と接することが苦ではない性格の「人」です。 兄弟はいませんが、両親や妻、子供たちと毎日をともに過ごすことが、自分にとって大切な使命であると言うことを憚りません。 人が他者とかかわり生きてゆくうえで一番難しいことは、正しいことを正しく教え、自身も正しくおこなうことが、必ずしも正しい結果を導かないという点です。 絶望はまだまだ理解できませんが、希望がもたらす悲しみなら 少しはわかるかな?  40歳になって3ヶ月、63歳でなくなった父は、それまで私にありとあらゆる自由を与えました。40年前、私という一個の命のために、医者という職業も、社会的地位も、保障も全て捨てた人です。とても、23歳の判断とはいいがたいと考えていましたが、40年経ち彼の死を前にしたとき、わかったことがありました。 この40年間、私はひたすら他者からの目、恋愛相手からの目、親からの目、社会からの目、友達からの目などに常に囚われていました。しかしこれは、人として人々と生きている上では、多くの人が抱えている問題であり、当たり前のことでもあります。 「この人生に悔いは一切無い」といって、その18時間後に息を引き取った父は、一滴の涙も流しませんでした。 どう生きたと思われているか?私は愛されているか?私は愛していると思われているか?私は社会に認められているか?他者のために誠意を尽くしていると思われているか?それらの感情の根源をずいぶん早くに突き止め、「自分がどうするか」という問いとだけ向き合った父に、私は愛されていたと考えていますし、絶対的な信頼を置いています。 それは、死後も変わりません。 彼は、人々に人が持ちうる最大最強の武器を常に明示していました。それらを受け取ることができた人は、きっと、生きる強さを補強したと思います。 私がこう書いているということは、父の死が本当の悲しみではないということです。 私は幸いなことに、本当の悲しみには直面していません。 涙を流した日々は、全て明日への糧であり、「自分がどうするか」を歩んでゆくための添え木のようでもあります。その一本一本の大切さを忘れず、これからも本当の自由を生きたいと考えています。
修理人は、日々心がけて子どもたちに伝えている事があります。 それは、「人」は未完成であるということです。 身体的障碍、精神的障碍という考え方そのものの中に、一定の社会的基準を設けており、その内容は、人の歴史の中で常に変化しています。30年前に障碍として扱われなかった人の行動が、今では障碍と区別されるのはこのためです。 それは決まって、社会の運営や管理が煩雑になったと、権力者達が考え始めまたそれを私利欲のために利用し、それに迎合する民衆を扇動し吐くってきた基準に他ありません。そういった行為こそ、一切の障害を持たないものには作れない基準です。 また修理人自身は、親の一生懸命な働きを見て親を尊敬し、自身に重労働を科すことで、子供に「何が生きてゆく上で本当に大切なことなのか?」を見せる努力をせず、楽をして生きることを権利として訴え行動した、団塊の世代の、明らかな心の障碍を持ってしまった子供世代です。もちろん、そうでなかった団塊の世代の方々が少なからずいるからこそ、余計にそのように感じるのかもしれません。 心や身体に不自由があることは、恥ずかしいことではありません。 それが「人」という種であり、あったりまえのことです。修理人には心と脳に明らかな障碍がありますが、たまたま今の世の中で、病として扱われていないだけです。 いつだって、紙一重だと考えていますし、それを否定すれば、全ての人の生き様を否定することになります。 人は、不自由さを感じる度合いによって、克服できる壁も高くなりますが、逆にその壁に押しつぶされてしまうこともあります。また、「心」を失ってしまうと、どんなに小さな段差も上れません。 そもそも自分自身とは、意図せず与えられた生命であり、また、思いや言葉は他者の物真似から始まり、自己を形成してゆく器に過ぎませんが、そうすることによって自身を何ものかにする過程が生命であると考えておりますので、子どもたちにも生命の過程を、出来る限り続けていってほしいものです。 修理人は、我が子のため、また、我が子を失った後に於いても、目下のものにこの身を切り捧げることを躊躇しません。 心身に不自由を私よりもたくさん呑み込んでいる方々が、乗り越えなければ生きることさえ出来ない壁を、修理人が何かを失うことで、乗り越えられるという自信は到底ありませんが、人は人として人の尊い鏡であることを、子どもたちに伝えて行きたいと考えています。 我が子に、優しさと思いやりの心を授けるきっかけになって下さっていることを、全ての生きている人に感謝しています。 ありがとうございます。 
修理人は18才で電気系高校卒業後、従業員として使った下さったTEACという会社で、ドイツ(シーメンス)、アメリカ(NCR*Appleの対面修理を過去請け負っていた会社)や日本国内のパソコン製造メーカーなど、各地に出向き、各社のパソコンに組み込んだ、自社製FDDの不具合改修に、自社の品質管理部門として対応させていただきました。
また、タイ(NMBさん)、マレーシア(TEAC自社子会社)、インドネシア(TEAC自社子会社)では、主に現地の方々と一緒に、自社製品の生産をおこないました。
とはいっても、タダの高卒ですから、製造ラインでパートさん達(母親と同年齢ぐらいのお母さん達です)と共に作業員として、組み立ての手作業や半田付け作業を、毎日数千台行う日課がメインです。
たまたま、実作業経験と対外的に恵まれた仕事環境を与えられ、それが現在の仕事をすることに繋がっております。なので、パソコンは趣味とか好きとかそういう対照ではありません。
パソコンは、体の部位に近い感覚で「ある動作のために手入れされた爪」のようなものです。あると便利ですが、手入れをしないで放って置くと、剥がれて大怪我に繋がったり、体を傷つけたりしてしまいます。でも、その爪が無くても、他の爪があるので生きてゆくのには、全然困りません。
パソコン対面修理で一番難しいことは、修理そのものではなく、お客様からの絶対的な信頼無くしては、何も出来ないということです。 言葉の通じない海外で何ヶ月間も、毎晩酒を飲み泣きながら、こらえ過ごしたことで少しはそのことを理解出来ているのかもしれません。 (現地では直ぐにその場で治すことが仕事でした)
信頼関係が築ければ、言葉が通じなくても修理人は全く大丈夫です。
また、TEACを退職したときに「一部上場会社の看板」が、私のやりたいこと(こうするべきだと思った仕事のやり方)を、こんなにも助け支えてくれていたのか、と痛感し、自分一人の力のなさを本当に思い知らされました。
TEACを退社してから、一時期、村山の日産*プリンス(今は在りません)工場から、マーチやスカイラインを陸送する牽引車に乗っていました。しかし、自分の運転技術の未熟さに、1年ほどで泣く泣く挫折感とともに、ここも退社しました。
私は、組織を作って会社を大きくしたり、大きな仕事や多くの人からお金を集めて、新たな雇用を創出するような仕事のやり方が出来ません。
少なくとも、お金を中心軸に偏心してしまうような心の持ちようや態様には否定的な考え方を持っており、それが行動として顕せるよう、日々努力しています。
対面で、一人一人のお客様に満足していただけるよう、日々努力しておりますが、それすらままならないと感じることがしばしばあります。
修理人自身には本当に何もありません。
これからも、身の丈に合った仕事を続けることが、修理人のささやかな夢です。
私に関わった人たちすべてが、幸せであることをいつも願っています。
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